- ホセ・ムヒカ元大統領が問いかけた「豊かさ」の本質
- 環境問題や貧困問題の根底にある「政治と生き方」の矛盾
- 消費主義に支配されず、自分の人生を取り戻すための視点
世界が震えた「リオ会議」での伝説的スピーチ
2012年6月、ブラジルで開催された国連の「持続可能な開発会議」。南米の小国の大統領が登壇したとき、世界はまだ、これほどまでに本質を突いたスピーチが放たれるとは予想していませんでした。
ムヒカ氏が語ったのは、単なる環境保護の技術論ではありません。それは、私たちが築き上げてしまった「文明」そのものへの問いかけであり、人類への深い愛に満ちたメッセージでした。
ムヒカ氏が鋭く突いた現代社会の矛盾
現代の私たちは、ガソリン車を減らし、再生可能エネルギーを導入することで問題を解決しようと試みています。しかし、ムヒカ氏はそれを「根本的な解決にはならない」と断じます。
私たちは発展するためにこの地球にやってきたのでしょうか?いいえ、彼は言います。「幸せになるためにやってきたのだ」と。
ホセ・ムヒカ氏 スピーチ全文(2012年リオデジャネイロ)
ムヒカ氏がその魂を込めて語ったスピーチの全文をここに掲載します。一言一句、彼の情熱と静かな怒り、そして慈愛を感じ取ってください。
この場に出席されている世界各国の代表のみなさま、ありがとうございます。ここに招待いただいたブラジル国民、そしてディルマ・ルセフ大統領に感謝いたします。私の前に、ここに立って発言された全ての方々表明された誠意にも大いに感謝いたします。国を代表する者同士、貧しい人々のための取り決め作りに、仲間として共に参加することを表明します。
しかし、私たちにも幾つか、声高らかに質問することを、お許し願いたい。今日の午後ずっと、私たちは持続可能な発展と、膨大な数の貧困者対策を話し合ってきました。けれど、私たちの本音は何なのでしょう?今の発展を続けることが、本当に豊かなのでしょうか?
質問させてください。もしドイツ人が一家族ごとに持っているほどの車をインド人もまた持つとしたら、この地球はどうなってしまうのでしょう。私たちが呼吸できる酸素は残されるのでしょうか。もっとはっきり言いましょう。例えば最も裕福な西洋諸国と同じようなレベルで70億~80億の人に消費と浪費が許されるとしたら、それを支えるだけの資源が今の世界にあるのでしょうか。それは可能なのでしょうか?それとも別の議論が必要ですか?今のこの文明を作ったのは私たちです。
私たちは市場と競争社会から文明という落とし子を生み出し、物質面での驚異的な進歩をもたらしました。そして市場経済は市場社会を作り出し、それを世界規模にまで拡大してしまいました。いわゆるグローバリズムです。そのグローバリズムを私たちはコントロールできていますか?逆にコントロールされてはいないでしょうか。こんな残酷な競争で成り立つ社会で、みんなで世界を良くしていこうなんていう議論が本当にできるのでしょうか?私たちは本当に仲間なのですか?
私は今回の会議を否定するために言っているのではありません。違います。逆です。我々が今挑戦しようとする目の前の巨大な困難は、決して環境問題ではなく、明らかに政治の問題なのです。人類は今消費社会をコントロールできていない。逆に人類の方がその強力な力に支配されているのです。我々は発展するためにこの地球上にやってきたのではありません。幸せになるためにやってきたのです。人生は短くあっという間です。しかしその人生こそが何より価値あるものなのです。余計なものを買うためにもっともっとと働いて人生をすり減らしているのは、消費が社会のモーターとなっているからです。なぜなら消費が止まれば経済が麻痺してしまい、経済が麻痺すれば不況というお化けが我々の目の前に姿を表します。
しかし今、この行き過ぎた消費主義こそが、地球を傷つけ、さらなる消費を促しています。商品の寿命を縮め、できるだけ多く売ろうとする。今の社会は1000時間持つような電球は作ってはいけないのです。本当は10万時間20万時間ももつ電球はあるのに、そんなものは作らない。なぜなら我々はもっと働きもっと売るために使い捨て文明を支える悪循環の中にいるからです。
これは政治問題です。我々は今までと違う文化のために戦い始めなければならない。石器時代に戻ろうとは行っていません。このままずるずると消費主義に支配されるわけにはいかない。私たちが消費主義をコントロールしなければならないと言っているのです。ですから私はこれが政治問題だと言いました。とても謙虚な思いからです。
かつての賢人たち、エピクロスやセネカ、そしてアイマラ人たちはこんなことを言っています。
「貧しい人とは、少ししかものを持っていない人ではなく、もっともっとと、いくらあっても満足しない人のことだ」
大切なのは考え方です。だからこそ皆さんと共にこの会議に参加し、国家指導者として皆さんとともに努力したいのです。私の発言は皆さんを怒らせるかもしれない。しかし気づかなくてはいけません。水問題や環境の危機が事の本質ではないという事です。見直すべきは我々が築いてきた文明のあり方であり、我々の生き方です。
なぜそう思うのか?私は環境に恵まれた小さな国の代表です。人口は300万人ほど、いやもうちょっと、320万人ほどしかいません。けれど世界で最も美味しい牛が1300万頭、また素晴らしい羊が800万から1000万頭、食べ物、乳製品、そして肉の輸出国です。こんな小さい国なのに国土の90%ほどが有効に使える豊かな国なのです。
だからかつて私の仲間たちは8時間労働のために戦い、遂には6時間労働を勝ち取った人もいます。しかしそうなったら、今度は仕事を2つ持つようになりました。なぜか?たくさんの支払いがあるからです。バイクやマイカーのローンを次から次へと支払っているうちに、私のようなリュウマチもちの老人になって、人生が終わってしまう。そして自分に問いかけるのです。これが私の一生だったのかと。
私が言っているのは基本的なことです。発展は幸せの邪魔をしてはならない。発展は人類の幸せ、愛、子育て、友達を持つこと、そし必要最低限のもので満足するためにあるべきものなのです。なぜならそれらこそが、一番大事な宝物なのだから。環境のために戦うなら、一番大切なのは人類の幸せであることを忘れてはなりません。
ありがとう。
私たちは何のために生きているのか
ムヒカ氏の言葉は、効率や便利さを追求する過程で、私たちが何を犠牲にしてきたのかを教えてくれます。彼の哲学は、Ignissionが大切にしている「日常の再定義」や「思考のノイズを削ぎ落とすこと」に重なります。
- 貧しさとは、物が少ないことではなく「欲が尽きないこと」である。
- 物ではなく、愛や子育て、友情といった「人生の宝物」に時間を使うこと。
- 「発展」は、人類が幸せになるための手段でなければならない。
効率的なハウツーを学ぶことも大切ですが、時には立ち止まり、自分の感性が本当に求めている「納得のいく思考」に耳を傾ける。そんな時間を、大切にしていきたいものです。
— ホセ・ムヒカ
” あなたは人生の手触りを大切にしていますか? “
































