現在2025年8月においても、イスラエルとパレスチナの間では戦闘が繰り広げられている。ガザ地区では病院などのほとんどの生活インフラが破壊され、住民たちは住むところを奪われ、食料すらなく、餓死する人々すらいる。このような状況で、本当に戦闘を続ける意味があるのか。両者は争い続けなければならないのか。
1948年のイスラエル建国以来、イスラエルとアラブ諸国はずっと戦争をしている。いわゆる中東戦争である。過去には停戦の機会があったが、それを望まない人々によってその機会は尊い命と共に永遠に奪われてしまった。2025年8月現在において継続されている戦闘の直接の原因については、パレスチナ側にある。2023年10月7日、ハマスとパレスチナ武装勢力の戦闘員数百人がイスラエル南部を襲撃した。特にノヴァ音楽フェスティバルが襲撃されたことは有名である。数百人のパレスチナの武装勢力は車で一般市民の群衆の中に突入し、銃を乱射し、女性たちをレイプした後に殺害した。同時多発的に発生した他の場所での被害も含めると、この日の襲撃によって計約1200人の一般人(外国人含む)がパレスチナ武装勢力によって殺害され、251人が人質として連れ去られた。現在のイスラエルによるガザ地区への攻撃の目的は、この凄惨な事件への報復と、残された人質たちの奪還作戦である。
ではそもそもなぜ、イスラエルとパレスチナは争い続けなければならないのか。一つだけ言える確実なことは、これは宗教戦争ではないということである。これは土地をめぐる争いである。歴史的にこの問題を考えてみると、問題の核となるイベントが2度発生している。一つ目は、紀元0年前後に起きたキリストの処刑とローマによるユダヤ人のエルサレムからの追放である。もう一つは、1900年前後にイギリスが画策した中東地域の分割案とユダヤ人のエルサレムへの帰還運動の矛盾である。
この記事は長くなるので、4部に分けて整理をしたい。
第一部
〜旧約聖書の時代からユダヤの崩壊まで〜
紀元0年前後に何が起きたのかということについては、そもそもイスラエルやユダヤ人とは何かということを理解しなければならず、それには旧約聖書に頼らなければならない。旧約聖書はユダヤ教、キリスト教、イスラム教全ての聖典であり、歴史的な資料としての意味も持っている。そして旧約聖書は古代イスラエル人・ユダヤ人の成立とその歴史、思想を知るためにとても重要である。
第二部
〜イスラム教の成立と中世におけるユダヤ人〜
ユダヤ人がイスラエルの地を追われてから、エルサレムの支配権は様々に移り変わる。そして中世におけるユダヤ人たちは何度かエルサレムへの帰還を繰り返しつつも、国を持つことができずにヨーロッパの様々な国々の片隅で、度重なる差別や迫害に苦しみつつも頑なに彼らのアイデンティティを保持し続けた。
第三部
〜イギリスによる混乱〜
フサイン・マクマホン協定、サイクス・ピコ協定、バルフォア宣言について解説する。現在まで繋がる中東地域の様々な問題は、すべてこの時期に原因がつくられた。イギリス・フランス・ロシアといった当時の大国による植民地政策の延長として、産油地域である中東を効率的に分割支配するための密約が交わされた。しかしイギリスはフランスやロシアとだけでなく、ユダヤ人とアラブ人とも異なる内容の密約を結んでおり、これらの矛盾するニュアンスを含んだ複数の密約のためにいくつもの民族や国が分割され、現在のイスラエルとパレスチナの土地を巡る問題もこの時から生じている。
第四部
〜戦争を終わらせる努力の成果と、その喪失〜
イスラエルの人々も全員が戦争を続けたいわけではない。実際には半数近くのイスラエル国民が戦争をやめて平和的な話し合いをすることを望んでいる。しかし戦争は、終わらせることこそが大変なのだ。人の命は簡単に奪われ、尊い思想は簡単に憎しみに取って代わられてしまう。悔しいのは、争いをやめようとする者は銃を置く者であり、争いを続けようとする者は、それを打つ者であるということだ。歴史的な快挙と言われたイスラエルとパレスチナによる「オスロ合意」と停戦が実現したが、数発の銃弾が歴史の歯車を元に戻してしまう。
































