Crascul-Ignission

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平和について

【連載1/7】戦争被害者としての日本人:語られてこなかった歴史の中の日本人被害

今の日本では、近代における戦争を考察するとほとんどの場合「正解」の押し付け合いになってしまいます。「侵略だった」「自衛だった」「こんなことをした」「それは嘘だ」。歴史小説の大家であった故司馬遼太郎氏がこんなことを書いていたように記憶しています。正確に覚えておらず誠に申し訳ないのですが、概ねこのような趣旨の言葉だったと思います。「歴史とは、紙が皺くちゃになってカビが生えて、ようやく理性的に考察できるようになる」。これは、当時を知る人々が居なくなったときにようやく主観を排除して残された資料から冷静に歴史を検討できるようになる「客観性」が生まれる、ということを言いたかったのだと理解しています。

誤解の無いようにしっかりと書いておきたいのは、当時を知る人々の記憶や言葉はとても重要です。しかし現在のように、様々な意図や立場によって歴史を史実としてではなく利用できるストーリーとして仕立て上げた時、それはすでに歴史ではなくただのプロパガンダのためのストーリーと成り果てます。そこで語られる情報や数字の信憑性に問題があることは、多くの日本人が感じていることであると思います。これまで私たちは「侵略戦争」という他国から与えられた言葉の重しに押さえつけられ、あの戦争が何だったのかをという本質的な問いを、静寂の中で考えることすらできずにいました。

つまり私たちはこれまで、あの戦争が何だったのか、なぜ私たち日本人が戦わなければならなかったのか、そして戦争やそこに至る過程における日本人の民間人の被害者については、ほとんど学ぶことなく、考えることもありませんでした。私はこのことにとても大きな違和感を感じざるを得ません。「なぜそうなったのか」それを知ることなく、そこから何かを理解し学び得ることなく、「これからも平和な世の中を築いていきます」とどうして私たちは自信を持って言えるのでしょうか。

この連鎖記事では、長い間触れられることがなかった「日本と戦争を巡る歴史」を、「被害者としての日本人」という新たな視点から、静かに紐解いていきます。しかしながら、私はこれが歴史資料として完璧な意味を持つとは考えていません。この記事は読まれる方々に、新たな視点や興味、そして疑問を提供できるでしょう。それらをどうか、今後の歴史の理解と学びに、活かしてください。

連載:戦争被害者としての日本人(1/7)
  • 包括的な戦争理解への新たな視点
  • 現代における歴史的背景への理解の困難さ
  • 310万人という犠牲者数の内訳と資料消失の現実

戦争被害者としての日本人

日中戦争や大東亜戦争の話題になると、日本は必ず戦争の加害者として論じられる。日本はこの戦争に負けているので、敗者の側から歴史を考察することには困難がつきまとうが、それでは戦争そのものの発生や成り行き、日本がなぜ戦わなければならなかったという命題を考える姿勢そのものが放棄されてしまう。

悲しいかな現代においてはそのような歴史的背景への理解よりも「南京大虐殺」とか「従軍慰安婦」といった、旧日本軍が組織的に行ったと言われている行為への糾弾活動により、戦争そのものを包括的に見て、実情を知り、当時という時代や当時の国際社会の仕組み、そこからどのように日本人が葛藤して何がきっかけで日本人のエネルギーが戦争に向かったのかということを考えることができにくくなっている。

この記事は、そんな現状を鑑み、被害者としての日本人にフォーカスすることにより、戦争理解に新たな視点を加えることを目的として書くものである。

前述の通り、日本人は戦争の加害者として語られることが多いが、しかし被害者としての日本の民間人は存在しなかったのだろうか。残念なことにそれはいつも日中戦争や大東亜戦争を語るときに、なぜかいつも別枠の議論として語られたり、トーンを下げて語られ、ともすれば議論の対象にもならないことが多いが、戦前・戦中・戦後の日本国内や日本国外において、ものすごい数の日本の民間人が外国人から虐殺されたり、強制連行され強制労働の末に死亡したり、性的暴行の被害にあっている。

日本政府はそれらの事案の加害国に対して謝罪を要求したり賠償を要求したりはしていないが、日中戦争や大東亜戦争の戦前・戦中・戦後において、被害者としての日本の民間人は確かに存在したのである。

この記事は、旧日本軍が行った行為の検証をしたり、日中戦争や大東亜戦争の戦前・戦中・戦後に多くの日本の民間人を虐殺、強制連行、強制労働、性的搾取した国々を糾弾することを目的としたものではない。ただ日中戦争・大東亜戦争の終結から80年が経ったいまでも、私たち人類は未だにあの戦争がなぜ引き起こされたのかを正しく議論できないでいると思う。一部の人々や研究者たちの間では日中戦争や大東亜戦争についての包括的な検証が進んでおり、レポートも散見されるが、一般人の間においては未だに、”日本は戦争の加害者である”という視点からなかなか先に進むことができないでいる。それでは私たちは過去の悲惨な歴史から何も学ぶことができない。

現代の私たち日本人の価値観から言えば、戦争は絶対にしてはならないことである。その観点から言えば、大日本帝国は戦争の加害者だった。しかし同時に、多くの国際社会や歴史の被害者でもあるのである。この記事はそのことを明らかにするためのものである。


記録や研究によって諸説あるが、一般的に、日中戦争・大東亜戦争に関連する日本人の犠牲者は310万人以上と言われている。そのうち軍属・軍人が約230万人以上、日本国内で殺害された日本の民間人50万人以上、日本国外で殺害された日本の民間人30万人以上という内訳である。

📊 日本人の犠牲者数(厚生省資料に基づく一般的数値)
  • 軍属・軍人: 約230万人以上
  • 国内での民間人犠牲: 50万人以上
  • 国外での民間人犠牲: 30万人以上

この数字は、厚生省が発表した資料に基づいているが、この数字を遥かに上回る犠牲者数を計上する資料も存在する。しかしながらこの統計は、必ずしも個別な事案における犠牲者の集計をしたような正確なデータによるものではない。そもそも個別の事案を確認しようにも資料そのものが消失しているケースがほとんどで、制度の高い集計にはなり得なかった。それは日本人の被害状況は戦後しばらく経つまで議論されてこなかった事柄のため、加えて敗戦と敗走の最中において軍民共にほとんどの資料が焼滅してしまったためである。戦争の敗者の側から歴史を語ることの難しさの一部を垣間見た気がする。

然るにこれらの数字は、1938年以降のどこかの時点でどこの国のどこの都市に日本の民間人が何人居住しており、1945年以降に何人が帰国したと考えられるから、犠牲者は何人である、という算出方法である。一体どれほどの数の事件が発生し、日本人の犠牲者が何人だったのかということは、実は永遠にわかることはないのである。

次回:第2回
「記録に残された虐殺の事例」をありのままに記述します。
🌿 思考をさらに深めるために

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