この文章の書き出しを、私はミラノのconciliazione(地下鉄の駅名)にあるスターバックスで書いています。スターバックスの業績が大幅に落ち込んでいるとは聞いていましたが、なるほど、本当に低下しているようです。この記事では、スターバックスを例に、「市場を創る」ことがいかに重要か、販売チャネルを増やすことだけでは市場を創ったり、市場とコミュニケーションをとったり、長期的な利益や実績をつくるためには全くもっていかに不十分なのかということを考えていきたいと思います。
前述のonciliazioneにあるスターバックスですが、もうここにはイタリア人は働いていません。居心地が良かったはずの店内は、今は雑然さと粗雑さを感じざるを得ません。時刻は18:00で、混雑している時間帯ではありません。行列もありません。なのに店の中は整理整頓からは程遠いです。作業台や店内の備品の置き方には丁寧さや清潔感が感じられず、床にいくつもゴミが転がろうが、コーヒーを受け取ったばかりで席を探している客がゴミが放置されたままのテーブル席に座るのを躊躇していても、掃除が行われることはありません。そしてレジに近いテーブルは少なくとも1時間以上、従業員の友達に占拠されており、従業員は常に友達と喋っています。安い労働力には代償があるのです。
なぜ業績が落ち込んでいるのにこのような状態が放置されているのかが私にはわかりません。
欧州の大都市、特にイタリアには、伝統的なカフェ(Bar)が充実しています。プロのバリスタが質の高い豆を使って、陶器のカップに一杯ずつ丁寧にエスプレッソを淹れてくれます。それもたったの1.5ユーロで。そしてそれを飲みながら、店員や友人と1分程度の会話を楽しみ、小休止と気分転換をするのです。
スターバックスも以前は、親切な接客と居心地の良い空間がありました。たとえコーヒーが好みではなくても、打ち合わせや待ち合わせにぴったりで、よく利用したものでした。どの店にも訓練されたバリスタがいて、顧客や同僚と明るくハッキリとしたやりとりをしながら、独特のドリンクを作り上げていました。彼らの働き方を見るのも楽しいものでしたし、私はそうではありませんでしたが、誰かはバリスタとおしゃべりをするのが好きだとも言っていました。しかし今では、そのようなバリスタはもはや通常のスターバックスの店内には見当たりません。スターバックスのバリスタは「サービスマン」から「注文をこなすロボット」へと変貌しました。
つまり現在のスターバックスは、「手軽なカフェ」としても、「じっくり過ごすサードプレイス」としても成立しない存在になってしまいました。
原因はいくつかありますが、主に「Value Propositionの消失」と、「米国とヨーロッパの市場を見誤ったこと」にあると考えています。アメリカとヨーロッパでは、顧客がカフェに求めるものが違うのです。
確かに以前、アメリカのスターバックスではオンラインでの注文が増えたことにより一時的に業績が大幅に拡大し、同時に「利便性や提供スピードの低下」が問題視されていました。だからスターバックスはオペレーションやサービス基準の軌道修正をしたのだと思いますが、同様の修正をヨーロッパの店舗においても実施しました。その結果、ヨーロッパでは「コーヒー文化としての質や、空間・接客の情緒的価値の欠落」がかなり問題になりました。そしてそこで失われた信頼は、いまだに回復していません。
つまり、スターバックスはアメリカの市場とヨーロッパの市場を同じに考えてしまい、いくつかの戦略的ミスを重ねてしまいました。
まず一つ目は、北米の成功モデル(大容量・高単価のカスタマイズドリンク、テイクアウト主流)をそのまま世界へ広げようとしたことです。しかしこれはまだ致命的なミスではありませんでした。実際にヨーロッパにもスターバックスのヨーロッパ進出を待っている層も存在したからです。
二つ目は、株式市場からの成長圧力に抗えずに、ヨーロッパにおいてもオンライン注文とテイクアウトに大きく舵を切ったことです。これが完全に顧客のコーヒー体験を損なわせることにつながりました。
三つ目は、前述の「オンライン注文とテイクアウトに大きく舵を切ったことにより短期的には利益が出たこと」を、成功体験と錯覚してしまったことです。それは成功体験ではなく、それまでのブランド価値を消費することと引き換えに得た短期的な利益でした。テイクアウトはスーパーに任せて、店舗においてはこれまで通り顧客体験を大切にすべきでした。
このスターバックスの例から学べることはとても重要です。どんな業界であれ、どんなに有名な企業でも、ValuePropositionを大事にすることが出来なければ、そして目の前の顧客や市場とのコミュニケーションを重視することを怠れば、顧客の心や購買行動はすぐにブランドから離れてしまいます。
私たちが市場を創ることにこだわり、訴求軸を模索することの重要性を強調し続けるのは、そのためです。組織が大きくなれば、方針を転換したり、過去の成功体験を否定することは至難の業です。しかしながら、スターバックスもまだまだ、復活のためにできることはあると思います。かつてのようなスターバックスが復活することを願って、今回の記事を終わります。